| 情報提供: ディスカバーたいはく | ![]() |
| 所在地: 仙台市太白区秋保町湯元 | |
| 連絡先: 太白区まちづくり推進協議会 | 電話: 022-247-1111 |
| 関連ホームページ: http://www.city.sendai.jp/taihaku/mati/discover/index.html | |
| 土井晩翠(どいばんすい)の二つの歌碑 |
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太白区秋保/覗橋のテーブル(テーブル歌碑)、湯の橋たもと(歌碑)
見下ろせば藍をたたうる深き渕 鎮魂台を風掠め行く 真二つに天斧巌をつんざきぬ 三万年前のあけぼの 晩翠 浩ぬしおのがかばねと同じ名の 秋保の村の光たれかし 昭和十九年十月 土井晩翠 土井晩翠(一八七一〜一九五二)は本名林吉(つちい りんきち)、詩人・英文学者、明治四年十月仙台市北鍛冶町に生まれる。第二高等学校(旧制二高)を卒業し東京帝国大学英文科進学。卒業して母校の二高教授となり、不朽の名作「荒城の月」をはじめ数多くの校歌や社歌を作っている。また、「天地有情」「暁鐘」「東海遊子吟」「曙光」「アジアに叫ぶ」などの詩集のほかカーライル「英雄論」「鬼臭先生衣装哲学」などの翻訳も多い。昭和九年(一九三四)三月、二高教授を退職し、名誉教授になる。昭和二十年(一九四五)七月十日未明の仙台空襲で、自宅と三万冊の蔵書を消失し、秋保、花壇川前丁に仮住居、昭和二十三年(一九四八)には八枝夫人が病没。昭和二十四年(一九四九)仙台市名誉市民となる。また、晩翠会によって旧住居跡に晩翠草堂が建設される。昭和二十五年(一九五〇)文化勲章を受賞。昭和二十七年十月、急性肺炎のため死去した。「荒城の月」を作曲した滝廉太郎の縁で、仙台市と竹田市は姉妹都市となっている。 |
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